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2019年08月16日

【てら先生コラム】第18回:偏差値

教育業界に携わり30余年の「てら先生」による月1コラム。
今月は「偏差値」についてお届けします。

 模擬試験などでは学力や合格可能性の『めやす』として偏差値が使われます。夏休み中から入試近くまでの期間は模擬試験の実施回数は増えていく時期で、保護者にとっても偏差値の変動や合格可能性基準偏差値との差への関心が高まってくるころです。

 

 今回は、この気になる偏差値について、偏差値を進路選択や受験勉強にどのように役立てたら良いかについて考えてみたいと思います。

◇偏差値とは

 

 偏差値は、平均点との差と標準偏差の大きさから求める数値で、「ある受験生の得点が、全受験生の中で、どれ位の位置にいるか」を表す指標です。これは以下のような式で求めることができます。

 

 偏差値={10×(自分の得点-平均点)/標準偏差}+50

 

 ここに出てくる「標準偏差」とはデータの散らばり具合を示す指標です。模擬試験で言うならば0点~満点の人が幅広くいる場合、標準偏差が大きくなります。反対に、100点満点のテストで大多数の受験生が40点台だった場合は、散らばりが小さいので標準偏差は小さくなります。

 

 偏差値を求めるのに必要な標準偏差や平均点は模擬試験を受験すると模擬試験の結果データ集から知ることができますし、入学試験では、大学入試センター試験の平均点や標準偏差を大学入試センターが毎年発表しています。また、公立高校入試についても千葉県や兵庫県などが発表しています。*¹

 

 模擬試験の偏差値は、その模擬試験を受験した生徒の平均点と、その模擬試験を受験した生徒の得点の散らばりの大きさ(標準偏差)から求める数値ですから、どのような受験生が受けた模擬試験なのかによって、偏差値が異なってきます。偏差値を見る際には、偏差値は母集団が異なれば比較できないということに気をつけておきたいものです。偏差値を指標にして、各回の模試で全体における自分の立ち位置を確認したり、「英語の方が数学よりも高かった」「前回の模擬試験よりも上がった」と学力の比較をしたりすることはできますが、異なる模擬試験業者の模擬試験の偏差値を比較して、「偏差値が上がった・下がった」と評価することはできません。それは、模擬試験を受験している母集団が違うからです。

◇合格可能性基準偏差値とは

 

 各学校の合格可能性基準偏差値は、模擬試験を受けた受験生の入試結果を追跡調査した結果から合格可能性50%偏差値や合格可能性80%偏差値などを模擬試験業者ごとに設定しています。模擬試験の種類が異なれば、模擬試験を受験した母集団が異なり、その偏差値も異なりますので、同じ学校の合格可能性基準偏差値も異なるのです。

 

 例えば、A大学の同じ学部・学科・入試方式でもB模試の合格可能性偏差値(合格可能性50%程度)は67ですが、C模試では62.5とずいぶん異なります。*² 中学入試の場合も同様で、同じD中学の合格可能性80%偏差値がE模試では74,F模試では57、G模試では64と差がでるのです。*²

 

 また、合格可能性基準偏差値は、大学や就職といった卒業後の「出口の実績」、学校の移転などによる立地変化、新線開業などによる交通機関の状況変化、制服変更、共学化、新校舎建築、他校との入試日程の重複など様々な要因によっても変動することがあります。

◇「合格可能性基準偏差値」の高低≠その学校の価値

 

 合格可能性基準偏差値は、前年同時期の模擬試験で、ある偏差値の生徒たちが何人中何人合格したかで決められています。一般的には合格基準偏差値が高い学校というのは、高い偏差値の受験生でも合格する割合が小さい学校ということができますが、合格可能性基準偏差値の高低は学校の優劣を示す指標ではありません。

 

 保護者の進路相談の際に「偏差値●●以上の学校でなければ行く意味がない」と話す保護者もいらっしゃいますが、保護者が受験していた時代と偏差値が大きく変わっている学校も数多くあるのです。例えば1994年の合格可能性偏差値が34だった私立K中学校が、同じ模擬試験業者の2020年入試用の偏差値は63へ、37だったL中学校が70へ上昇したり、61だったM中学校が45へ、57だったN中学校が43へと下降したりしており、保護者が受験をした時代とは大きく変貌をとげている学校もあるのです。*² 確かに合格可能性偏差値が上昇した学校では、これからの社会で求められる力を育むような教育活動や環境整備に力を入れています。では、合格可能性偏差値が下降している学校は教育活動が充実していないのかといえば、必ずしもそうではなく、新しい時代に向けた教育活動の成果が目に見えるような形として現れていない段階であったり、教育内容を世間に知ってもらう広報活動が不十分であったりすることが原因の場合もあるのです。

 

 一方で、現時点での合格可能性基準偏差値が高く、大学合格実績も出しており人気のある高校の中にも、新しい大学入試制度や今後の社会で求められる力を育む教育への取り組みに遅れが出ている学校もあります。受験生や保護者からのかつての評価(過去の偏差値)だけにとらわれてもいけませんし、現在の評価(現在の偏差値)だけにとらわれても適切な学校選択にはならないでしょう。

 

 まずは、合格可能性基準偏差値の高さではなく、子どもの興味・関心と適性、それに合った教育を行っている学校を選ぶことが大切です。例えば、実験の時間を数多く取り入れるなど理数系に力を入れているO高校とネイティブ教師を多数そろえて英語に力を入れているP高校との比較で、P高校の合格可能性基準偏差値が高くても、理科や数学が好きで得意な子どもであれば、O高校の方が子どもはイキイキと通えそうです。*² また特に大学では、偏差値は高くないが「国内ではここでしか研究できない分野を学べる」大学や、「研究室が充実している」大学といったような特色もありますので、「合格可能性基準偏差値が高くなければ良い学校ではない」とはいえません。

 

 とはいえ、入学試験まで半年を切った段階になりますと、子どもの興味・関心と適性や入学したい意欲だけで志望校を選択するのは現実的ではなくなってくることもあります。現在の偏差値と大きく離れた合格可能性基準偏差値の学校のみを第一志望校から併願校まで設定することは、受験した全ての学校が不合格になる危険性が高まるばかりか、受験に向けた学習の効率の面からもお勧めできません。例えば、現在の偏差値のままだったらH高校だが、少し伸びればI高校、入試当日に本来の調子がでなくてもJ高校ならば合格圏に入れるというように、現在の偏差値を中心に幅を持たせた志望校選択をしていきたいところです。*² 合格可能性基準偏差値は、そのような志望校選択の「めやす」になります。

 

◇模擬試験の偏差値は健康診断の指標のようなもの

 

 模擬試験を受けるということは健康診断を受けることに似ています。健康診断で悪い数値が出ていれば「体の悪い部分がある」ということです。模擬試験で出る偏差値は学習において「現状で何が課題なのか」を示す数値でもあるのです。

 

 健康診断で、腎臓系検査の「クレアチニン(Cr)」の数値が要注意の範囲を示していたら腎臓機能が低下しているのではないかと、改善しなければならない部分がわかります。同じように、模擬試験で理科の偏差値が他の科目の偏差値よりも低ければ、「理科に課題がある」と知ることができます。

 

 しかし、「志望校合格のために、来月の模擬試験で理科の偏差値を60にする」という目標を子どもと立てたとしても、ただ「もっと頑張って」「真剣に取り組みなさい」「勉強時間を増やしなさい」と保護者が激励しても、子どもは具体的なイメージがつかみ難いのではないかと思います。では、どうしたら良いのでしょうか。

 

 模擬試験を受験すると、偏差値が科目別や総合点別に出ますが、目標の偏差値に到達するにはあと何点必要なのかも、模擬試験の結果データ集から知ることができます。これを利用すると、目標の偏差値に届くために正解しなければならない問題が何なのかを選別することができます。「この問題とあの問題が正解できたら目標偏差値に届く」「この正答率の問題が全て正解できるようになったら偏差値●●になる」と、正解できるようになるべき問題のイメージがつかめてくるはずです。

◇偏差値でわかること・わからないこと

 

 偏差値を知ることで全体の中での子どもの位置を知ることができます。子どもの学習上の課題を発見することができ、次の模擬試験に向けての目標を設定することができます。次の模擬試験では、その目標を達成できたかどうかの検証も行えますし、偏差値の推移を追うことで、子どもの成長度合いを測ることができます。そして、子どもの志望校との距離を客観的に測ったり、合格可能性の高低別に志望校を選択したりする参考指標にもなります。

 

 このように偏差値からわかることや、偏差値が役に立つことは沢山あります。特に、志望校選びにおいて、偏差値や合格可能性偏差値は「合格のしやすさ」を客観的に知ることができます。

 

 しかし、偏差値ではカバーしきれない面があります。志望校決定の決め手は、あくまでも教育の中身です。その教育の中身は偏差値では知ることができませんし、子どもの適性や興味関心を偏差値は反映しません。また、現時点での受験生からの学校の評判は合格可能性基準偏差値の高低から知ることができますが、子どもが上級学校へ進学したり就職をしたりする数年後の評判は偏差値だけでは知ることができないのです。子どもや保護者が納得のいく志望校選択をするには、客観的なデータだけではなく、数値化し難い主観的な面なども考慮しなければならないのです。このような主観的な面について、偏差値は有効ではありません。

 

◇保護者のすべきことは何か

 

 受験勉強において、「目標偏差値に届くために必要な問題が正解できるようになるためには具体的にどのように学習したら良いのか」や「現在の学習の仕方で達成可能なのかどうか」は子どもが学校や塾の先生に相談して直接アドバイスをしてもらった方が効果的のようです。腎臓系検査の「クレアチニン(Cr)」の数値を適正化するにはどのような治療を受けたり、日常生活を送ったりするべきかについては、医師に診断・助言して貰う方が良いのと同じです。

 

 保護者には、学校の先生や塾の先生のアドバイスや授業計画に従って学習しているかどうかの声かけや、模擬試験を定期的に受験し続けるように働きかけを子どもに行っていただきたいと思います。健康診断は定期的に受けなければ数値が改善しているのかどうかわかりませんし、定期的に健康診断を受けていても適切な対処をしなければ、数値が改善することはありません。それと同様に、模擬試験も定期的に受験しなければ偏差値の伸びを確認できませんし、模擬試験を受けっぱなしであれば偏差値は上がりにくいものなのです。

 

 志望校選択面では、是非保護者にお願いしたい点があります。夏から秋にかけては学校説明会やオープンキャンパスが色々な学校で開催されます。現在では、中学や高校だけではなく大学でも、保護者向けの説明会が広く行われるようになっています。保護者にも足を運んで自分の目で確認しておくことをお勧めします。例年、学校説明会などに参加したことがきっかけで、その学校に対するイメージを大きく変えた保護者が多数いるのです。

 

 また、子どもの適性や興味・関心のあることなどは、保護者面談の際などに学校や塾の先生に相談してみると、保護者の気付かなかった子どもの姿を知ることができます。こちらも子ども任せにせずに、積極的に参加することをお勧めします。

 

 

 

*¹ 

大学入試センター 平成31年度大学入試センター試験実施結果の概要

https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00035843.pdf&n=%E3%80%90%E8%A9%A6%E9%A8%93%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%80%91%E5%B9%B3%E6%88%9031%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%85%A5%E8%A9%A6%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%AE%9F%E6%96%BD%E7%B5%90%E6%9E%9C%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf

 

千葉県教育委員会 平成31年度千葉県公立高等学校入学者選抜 学力検査の結果

https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/shidou/press/2019/koukounyuushi/documents/h31gakuryokukensanokekka.pdf

 

兵庫県教育委員会 平成31年度兵庫県公立高等学校入学者選抜学力検査に関する実施結果について(詳細)

http://www.hyogo-c.ed.jp/~koko-bo/H31senbatu/H31gakuryokukensasyousai.pdf

 

*² 文中に模擬試験や学校の名称がA~Pで表されていますが、実際の模擬試験名や学校名のイニシャルとは関係ありません。

【てら先生コラム】バックナンバーはこちらから

 https://www.tkg-jp.com/pickup/detail.html?id=2111

 

 

~【てら先生】プロフィール~

教育業界に携わり30余年。
何千人もの子どもたち・保護者に学習・進路相談を行う。
現在は株式会社東京個別指導学院 進路指導センター 個別指導総合研究所にて同学院のブレインとして活動。
文部科学省・各学校に足を運び、様々な情報を収集し教室現場への発信・教育を行っている。