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2019年12月01日

【教育改革】第21回:小学校学習指導要領改訂と「主体的・対話的で深い学び」

教育改革とその影響に関して、弊社個別指導総合研究所から継続的に情報を発信していきます。
第21回目は『小学校学習指導要領改訂と「主体的・対話的で深い学び」』をお届けします。

 小学校では2020年度から新しい学習指導要領が実施されます。*¹ 学習指導要領とは、日本全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、小学校、中学校、高校などで教える学習内容の基準となるもので、およそ10年に1回程度改訂されています。

 

 2020年度からの小学校の学習指導要領の改訂では「外国語(英語)」の教科化や「プログラミング教育」など、「何を学ぶか」という『学習内容』の変化に注目が集まっていますが、実は、「どのように学ぶか」という、『学び方に対する考え方』も変化しているのです。今回はこの点について考えてみたいと思います。*²

◇学習指導要領改訂の社会的背景は何か

 

 世界的なグローバル化の進展や情報化、AIの飛躍的な発達、国内での少子高齢化の進行により、社会は大きく変化しています。2019年度までの小学校学習指導要領が全面実施された2011年当時の日本では、Facebook・Twitter・InstagramなどのSNSは一部の人達だけが利用するものであり、学校でSNSに関する指導が行われるまでに普及するとは想像されていなかったように思います。また、iPadは国内で発売されたばかりで、タブレットを活用した学校教育が広がっていくと想像できる人は、まだ少なかったはずです。そして今後、進化を遂げた人工知能(AI)が様々な意思決定をし、身の回りの物のほとんどがインターネットと結びつき、今までできなかったことが簡単にできるような、かつては予測できなかったような時代(Society 5.0*³)が到来するといわれています。

 

 そのような予測困難な時代にあっても、子ども達には、前向きに変化を受け止め、よりよい豊かな未来の創り手になっていくことが期待されています。例えば、ある学校では、まだ答えが見つかっていない問題に対して、課題設定して問を立てることから考え始める授業が行われていました。また、別の学校では、答えはあるものの、属性や大切にしたいことや価値観によって答えがそれぞれ異なったり、複数あったりする課題(答えが一つではない問題)に対して、話し合うメンバーの価値観の多様性を認めつつ、話し合い、授業時間内に調整をしていく授業が行われていました。このような「答えが見つかっていない問題」の課題を発見したり、「答えが一義的に定まらない問題」に対して、互いの多様性を認め合いながら、自ら学び、自ら考え、判断して共に行動していくことができるように、必要な知識を身につけ、汎用的能力を鍛えたりすることや、実習や体験活動などを伴う教育によって基礎に裏付けられたスキルを身に付けることは、子ども達が自らの人生を切り拓くために必要でしょう。

 

 このように、社会が今求めているのは、生涯学ぶ習慣や主体的に考える力を持ち、予測困難な時代の中で、どんな状況にも対応できる人材です。そして、社会の変化に対応し、生き抜くために必要な資質・能力を備えた子ども達を育むため、今回、学習指導要領は改訂されたのだといえます。

◇「主体的・対話的で深い学び」とは

 

 このような社会的背景から、今回改訂される学習指導要領では、「何を学ぶか」だけでなく、「どのように学ぶか」という、子ども達の学習方法についても明記されました。それが、「主体的・対話的で深い学び」です。

ここでいう「主体的・対話的で深い学び」とは、どのような学びなのでしょうか?*⁴ これまでの学校教育は、黒板の前に教師が立って一方的に教科書の内容を説明して、子ども達はそれをノートに書きとって覚えるという受け身の授業のイメージがあったと思います。しかし、これから社会が変化していく中で、今までのように知識をただ暗記しておくだけでは、社会で活躍していける人材になりえません。そこで、子ども達が自ら興味・関心を持って進んでかかわり、学んでいく「主体的な学び」や、子ども同士や学校内外の人々とディスカッッションして考えを広げていく「対話的な学び」や、これまで身につけてきた知識や技能を積極的に活用しながら自らの考えをまとめたり発表したりというアウトプットして深く学んでいく「深い学び」を今まで以上に学校の授業で実践していくということなのです。

 

 そこには、知識偏重型の教育への反省も込められているように思います。テスト対策として、先生から配られたプリントをテスト前に丸暗記したらそれっきりで、せっかく覚えたことも忘れてしまう、というこれまで散見されたような学び方から脱却し、知識に振り回されるのではなく知識を使える子どもを育成したいという国の意志が感じられます。

従来の学び方とどう違うのか

 

 6年生で学ぶ、『てこ』を例にとって考えてみましょう。

 

 これまでの学び方は、先生が図を黒板に描いて、『てこ』の左の腕にあるおもりの重さ(力の大きさ)×支点からの距離=『てこ』の右腕にあるおもりの重さ(力の大きさ)×支点からの距離 と説明します。子ども達が先生の板書をノートに写し終わると、子ども達は色々なパターンの問題演習を行うようなイメージです。

 

 これに対して、「主体的・対話的で深い学び」は、まず、先生が重い物を持ち上げる道具として、『てこ』を紹介し、子ども達がこれまで持っていた見方や考え方では想像できないような「重いものを持ち上げる」現象を見せることで、子ども達の興味・関心を引き出すことで始まります。子ども達は、「『てこ』は重い物を楽に持ち上げることができる道具なのだから、もっと小さい力で持ち上げられる方法があるのではないか」と課題を見いだし、「小さい力で持ち上げる」という力の量に着目しながら、『てこ』のはたらき、規則性について考えます。

 

 そして、先生は子ども一人ひとりが問題解決のための試行錯誤ができるように、『てこ』を使って実験できる時間を十分にとります。また、4人ひと組の班を設定して、他の子どもの実験を見たり、実験を手伝ったりしながら、子ども達同士がお互いの意見の交流をし、主体的に問題解決に取り組めるようにします。「棒を支える位置と力を入れる場所は変えずに、おもりの位置を段々中心に近づけるとどうなるだろう?」「では、力を入れる場所とおもりの位置は変えずに棒を支える位置を変えるとどうなるのかな?」など色々な実験を次々に行います。それらの実験を通して、おもりと棒を支える位置までの距離の違いによって持ち上げる力に違いがあることを子ども達は発見します。そして、班の中でそれぞれの子ども達は、実験での発見や気づきを発表し合いながら、おもりの位置(作用点)、支える位置(支点)、力をかける位置(力点)の関係や押す力の強弱という力の大きさに着目するようになります。班の中で出た考えについて、「社会科でもそうだったけれど、分かりやすく整理して説明するには図や絵を使った方がいいよね」のように、これまでの経験を活かし、言葉だけでなく、図や絵を用いながら自分たちの考えをまとめます。そのうえで、班単位の学習からクラス全体の学習に移り、各班の考えを発表しあいます。図や絵を活用しながら具体的に説明したり、他の班の考えと関連付けたりしながら、自分たちの班の考えを自分の言葉で説明します。各班の発表を全体で聞く過程で「支える位置と力をかける位置の距離が長くなると、小さい力で持ち上げられる」という共通点を子ども達は見いだしていきます。授業の冒頭の「もっと少ない力で持ち上げられる方法があるのではないか」という問いに対して「支える位置からおもりまでの距離を短くし、支える位置から力を入れる位置までの距離を長くすれば、小さい力で重い物を持ち上げられる」という解決策を得られたわけです。文章にすると長くなってしまいますが、このような学びの時間での子ども達は、目を輝かせ、ワクワクしながら積極的に実験にかかわり、仲間との話し合いを通して、深く学んでいるのです。

◇学力向上につながるのか

 

 では、このような学び方は、学力向上にもつながるのでしょうか。

 

 平成31年度(2019年度)全国学力・学習状況調査(小学6年生)*⁵ では、「主体的・対話的で深い学び」に関連した児童への質問がいくつかあります。そのうちの一つである、「5年生までに受けた授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいたと思いますか」という質問に対して、「当てはまる」と回答した児童の方が、そうではない児童よりも国語・算数とも正答率が高いことがわかっています。

国立教育政策研究所 平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】を基に東京個別指導学院が作成

 また、「5年生までに受けた授業で、自分の考えを発表する機会では、自分の考えがうまく伝わるよう、資料や文章、話の組立てなどを工夫して発表していたと思いますか」や「授業で学んだことを、ほかの学習に生かしていますか」という質問でも同様の傾向がみられました。

国立教育政策研究所 平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】を基に東京個別指導学院が作成

◇全国学力・学習状況調査にみる小学校での準備状況

 

 「5年生までに受けた授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいたと思いますか」という質問は、2018年度実施全国学力・学習状況調査(小学6年生)*⁶でも調査されているので、比較してみますと、「当てはまる」の割合がやや増加しています。2018年度や2019年度は、2020年度からの学習指導要領の改訂をスムーズに行うための移行期間でしたが、「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」との回答が8割近くに達しているということは、小学校での授業の取り組みの成果だと思われます。

国立教育政策研究所 平成31年度(令和元年度) 及び平成30年度全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】を基に東京個別指導学院が作成

 2019年度の実施全国学力・学習状況調査(小学6年生)の公立小学校の結果を、地域の規模別にみてみますと*⁷ 、規模の大きい都市部のほうが、「5年生までに受けた授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいたと思いますか」という質問に対して、「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」との合計回答割合が少なく、都市部の方がむしろ取り組みがやや遅れていると言えそうです。

国立教育政策研究所 平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】を基に東京個別指導学院が作成

 次に、公立小学校と国私立小学校で比較してみましょう。*⁸ 国立小学校は、教育の理論や実践に関する研究やその実証を行う役割がありますから、「5年生までに受けた授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいたと思いますか」という質問に対して、「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」との合計回答割合が高くなることは予想されていましたが、公立と私立の間でも差異が大きいことがわかります。

国立教育政策研究所 平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】を基に東京個別指導学院が作成

 「主体的・対話的で深い学び」は、さまざまな子ども達が集まる学校内外での「対話」を活かして、「深い」学びに至らせようという学び方です。そして、そこでの学びが、今後の学びに向かっていく「主体性」を伸ばしていくことが期待されています。各学校や地方公共団体でも、授業改善の研究や取り組みが進んでいるようですが、「5年生までに受けた授業では、課題の解決に向けて、自分で考え、自分から取り組んでいたと思いますか」の問いに対する「どちらかといえば、当てはまらない」「当てはまらない」の回答合計が2割強にも達しており、2020年度から小学校で始まる新学習指導要領の全面実施に向けて、全ての学校での取り組みが十分とはいえないようです。

 

◇保護者のすべきこと

 

 では、保護者のすべきことは何でしょうか。

 

 前項で国立・公立・私立という設置者別で、「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業の取り組み準備状況に差異があるという傾向を指摘しましたが、各学校の授業を見学していますと、学校間格差が大きいように感じます。同じ地区の公立の小学校の間でも、学校による差異があるように感じます。また、同じ学校の中でも、教員により差異があるように感じます。これはベテランの教員だから「主体的・対話的で深い学び」に向けた授業がスムーズに行われており、キャリアの浅い教員だから上手く行われていないのかというと、そうでもないように思えます。

 

 ですから、子どもの通う学校や気になる上級学校(小学生の保護者であれば、中学校や高等学校)に足を運び、どのような授業を行っているのかを保護者の目で確認することをお勧めします。既に、多くの学校の授業では班やグループになって話し合い、意見をまとめて発表する学習は行われていますが、中には、一部の子どもだけが発言していて全員の意見を聞いていなかったり、特定の子どもだけがまとめたり発表したりと能動的に動いているだけで、他の子ども達は、受動的に動いているだけであったりするような事例も見かけます。全ての班とその構成メンバーが自らかかわっている姿勢がみられなければ、「主体的・対話的で深い学び」の実現は難しいのではないでしょうか。「主体的・対話的で深い学び」は、小学校だけではなく、中学校や高等学校の学習指導要領でも記されている「学び方」ですから、実際に行われている授業を、保護者の目で確認しておくことは、今後の学校選択の材料にもなるでしょう。

 

 もう一点は、ご家庭での子どもへの接し方です。

 

 小学生の子どもの勉強を保護者がみているご家庭は、少なからずあると思いますが、保護者が子ども時代にしてきた学び方と、これからの子ども達が学んでいく学び方が大きく変わろうとしているという点に注意を払う必要があります。保護者が一方的に問題の解き方や教科書の内容を説明して、子ども達は受動的な姿勢で覚えるという学習を行っていては、「子どもに主体的・対話的で深い学び」を実現することはできません。正解を一方的に教え込む指導や、子どもが出した答えの正誤のみに注目する指導では、これからの社会で必要な力を身につけていくことは難しいでしょう。

 

 限られた時間の中で、子どもの勉強をみるのは大変ですが、例え、子どもが出した答えが間違っていたり、途中までであったりしても、まずは子どもが自ら取り組んだ点を認め、褒めたうえで、「何故そのように考えたのかな。お父さんに聞かせてくれないかな」「何がわかれば、答えが出そうだとあなたは思うかな」「お母さんはこう思うけれど、あなたはどう思う」といったコミュニケーションをとりながら進めていくようにしていくことをお勧めします。

 

 

 

*¹ 文部科学省 「小学校 学習指導要領 平成29年告示」

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1384661_4_3_2.pdf

 学習指導要領については、以下にまとめられています。

 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1383986.htm

 

*² 文部科学省「新しい学習指導要領の考え方 -中央教育審議会における議論から改訂そして実施へ-」

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf

 

*³ 内閣府 「Society 5.0」

https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

 

*⁴ *²の「新しい学習指導要領の考え方」では、主体的な学び・対話的な学び・深い学びは、以下のようにまとめられています。

【主体的な学び】 学ぶことに興味や関心を持ち、自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら、見通しを持って粘り 強く取り組み、自己の学習活動を振り返って次につなげる「主体的な学び」が実現できているか。

【対話的な学び】 子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。

【深い学び】 習得・活用・探究という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見いだして解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が 実現できているか。

 

*⁵ 国立教育政策研究所

「平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】」

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/19primary/

クロス集計表(児童質問紙-教科)全国【表】

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_424.xlsx

 

*⁶ 国立教育政策研究所

「平成30年度 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】」

http://www.nier.go.jp/18chousakekkahoukoku/factsheet/18primary/

クロス集計表(児童質問紙-教科)全国【表】

http://www.nier.go.jp/18chousakekkahoukoku/factsheet/data/18p_424.xlsx

 

*⁷ 国立教育政策研究所

「平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】」

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/19primary/

全国(大都市)-児童(市町村立)【表】)

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_403.xlsx

全国(中核市)-児童(市町村立)【表】

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_404.xlsx

全国(その他の市)-児童(市町村立)【表】 

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_405.xlsx

全国(町村)-児童(市町村立)【表】

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_406.xlsx

全国(へき地)-児童(市町村立)【表】

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_407.xlsx

 

*⁸ 国立教育政策研究所

「平成31年度(令和元年度) 全国学力・学習状況調査 調査結果資料【全国版/小学校】」

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/19summary.pdf

全国-児童(公立)【表】

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_402.xlsx

全国-児童(国立)【表】 

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_409.xlsx

全国-児童(私立)【表】 

http://www.nier.go.jp/19chousakekkahoukoku/factsheet/data/19p_410.xlsx

 

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