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2020年08月01日

【教育改革】第29回:『一人一台端末』時代

教育改革とその影響に関して、弊社個別指導総合研究所から継続的に情報を発信していきます。
第29回目は「『一人一台端末』時代」をお届けします。

◆『GIGAスクール構想』の前倒し

 

 前回のコラム*¹ で取り上げたように、政府は2020年度補正予算に、『一人一台』のパソコンの整備を掲げる『GIGAスクール構想』関連として2292億円を計上しました。これにより、2023年度までに実現としてきた当初予定を大幅に前倒しして、2020年度中に小・中学校での『一人一台』の端末実現を目指すことになりました。令和元年度補正予算と令和2年度一次補正予算合わせて『一人一台端末』の実現に2973億円が計上されることになります。*² 

 そして、2020年5月11日に文部科学省は、各教育委員会などを対象に、『学校の情報環境整備に関する説明会』をYouTubeで配信し、2020年8月までに『一人一台』の学習用端末とネット環境の整備を図るように強く要請しました。*³        

 これにより、近い将来、全ての小学校・中学校が、この予算を使い、高速インターネットに繋がり、少なくとも全ての小・中学生については、国費で用意する『一人一台』の端末がまず用意され、家に持ち帰ったり校外に持ち出したりすることが出来るようになるでしょう。

 背景には、多くの学校が新型コロナウイルス感染症拡大により、長期間休業に追い込まれたことがあります。その中で、オンライン学習で授業を補っていこうとする学校や自治体が現れました。一方で、臨時休業中の家庭学習で同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習を行った市区町村は5%にとどまり、改めて地域間格差が浮き彫りになりました。*⁴

 

 これまで、コンピュータ1台当たりの児童生徒数は5.4人に1台にすぎず、都道府県間でも1.9人に1台(最高)から7.5人に1台(最低)まで大きな差がありましたが*⁵ 、『一人一台端末』の実現は、住んでいる地域や通っている学校による教育格差の是正に役立てることができます。

 コンピュータ1台当たりの児童生徒数の課題も関係しているのですが、我が国のICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を活用した教育は、遅れが目立っていました。

 OECDが2018年に実施した教員指導に関する「国際教員指導環境調査」によると、生徒へのICT活用を課題や学級活動で「いつも」または「しばしば」活用させていると回答した日本の中学校教員の割合は17.9%(OECD加盟国平均は51.3%)に留まっており、これは調査対象の48カ国・地域で下から2番目という順位でした*⁶し、学校の授業(国語、数学、理科)におけるデジタル機器の利用時間が短く、OECD加盟国中最下位でした。そして、コンピュータを使って宿題をする頻度がOECD加盟国中最下位*⁷でした。

 『GIGAスクール構想』の促進は、このようにOECD加盟国の中でも遅れていたICTを活用した教育を、一気に挽回しようというものです。この1~2年の間に学びのスタイルが変わっていきそうです。

 

 

◆『一人一台端末』は、学校での授業の代替策ではない

 

 『一人一台端末』の実現は、2020年の春に生じたような出来事に対して、有効な対応手段と言えるでしょう。以前から『一人一台端末』を実現していた学校のオンライン説明会に何校も参加してみましたが、新型コロナウイルス感染症の拡大による休校が続いても、そのような学校では学習の遅れの影響が少なかった学校が多いようです。もし、全ての学校で『一人一台端末』を実現していたら、「教科書に載っている内容を教えきれない」「学習が遅れてしまった」といった事態は生じず、一部の都道府県で発表されたような高等学校入学者選抜学力検査での出題範囲削減といった措置もとられなかったかもしれません。*⁸

 しかし、『一人一台端末』の実現によるメリットは、これまで学校で行われてきた学習の代替として機能するという面ばかりではありません。

 

 知識・技能をインプットしていく手法は、決められた教室で40人などの同じ学年の児童・生徒が、決められた内容を一律のペースで学ぶという教育スタイルで、長い間続いてきました。しかし、一人ひとりの成長の個人差が最も大きい初等・中等教育(小学校から高等学校までの教育)段階で、年齢によって一律に同じ内容を同じペースで指導するという手法は、効率的とは言えません。もちろん知識や技能をインプットすることは大切ですので、日本の初等・中等教育は、これまで知識・技能の習得に膨大な時間を費やしてきました。

 『一人一台端末』が実現すれば、先生が一律・一斉に教科書の解説をするような時間は減っていき、生徒は個々に学習アプリを使って問題を解いていくような学習の時間が増えていくことでしょう。通常の1対40の授業で、手を挙げて発言したり、ここがわかりませんと質問したりすることはなかなか難しいですが、一人ひとりが個別に学習する中でならば、わからないところがあったら先生に質問したりクラスメイト同士で教え合ったりも出来ます。これによって、知識・技能を習得する学びは効率的に実現できるようになるでしょう。自分のペースで、どの位学べば、最短距離で学ぶことができるのかという個別最適化が可能な筈です。パソコンなどデジタル端末で学習するので、学習データが容易に記録できるようになります。それにより、自分の弱点や自分のやるべき課題を把握することもできますので、学習者主体の学びを実現することができます。一人ひとりの生徒が先生と話し合いながら、学習カリキュラムを作り、カリキュラムを実施しながら、学習履歴をもとにそれを作り直していくような学びが可能なのです。個々の学習計画を作り、学習履歴をためて、計画を振り返り、必要なら計画を修正して、また学習履歴をためていくといったサイクルは、デジタル環境で行えば、実現可能でしょう。それにより、例えば計算や語彙力アップといった、日々の基礎学習トレーニングや、それぞれの強みや弱みに合わせた学習は、学習履歴をもとに行えば、ずっと短時間で効果的に実施できるようになるでしょう。

 また、インプットは学校の先生から得られる授業が全てではなくなります。自分のお気に入りの先生の動画やアプリで自由に選んで学べるようになります。反復演習が必要ならばデジタルドリルで演習できる時代になりました。このようなものを組み合わせていけば、成績も伸び、学習時間も短縮されますし、先生やクラスメイトとのコミュニケーションの機会も増えていきます。*⁹ それにより、やればできるという自己効力感を高めることが出来るようになりますし、学習に対する自信だけではなく、社会に対する関心・社会に自分はどのように関与していくのかという意識も生まれていきます。

 

 

◆知識・技能のインプットの効率化の先にある学び

 

 保護者が高等学校まで受けてきた教育を思い出していただくとおわかりの通り、学校の授業というと、先生からの一方的な知識・技能のインプットがほとんどで、インプットした知識・技能を活用してアウトプットしていく機会というのは、あまりなかったのではないでしょうか。

 知識・技能の習得に費やす時間のみで学校の授業数を使い切らないように、デジタルツールを使って時間を短縮化すると、授業時間に余裕が出てきます。その時間は、インプットした知識・技能を活用してアウトプットして新しい価値を生み出すための学びに使っていきたいと政府は考えています。*¹⁰ 

 知識や技能をインプットしていくだけではなく、インプットした知識をアウトプットしていくサイクルをどのように学校で作っていくのかが、今後の教育では問われています。このサイクルが回らない限り、今までと大きくは変わらない勉強が続くだけです。「入学試験で出題されるから、知識や技能をインプット」するだけでは、「入学試験に出題されないならばインプットする意味がない」という発想になりかねません。

 

 

◆学習指導要領の目指すもの

 

 2020年の4月から小学校では、新しい学習指導要領での学校教育が始まりました。*¹¹ 学習指導要領は、日本全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするため、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を文部科学省が定めたものです。*¹²

 新しい学習指導要領では、育成することを目指す資質・能力を3つの柱で整理しました。それは、①「生きて働く“知識・技能”の習得」、②「未知の状況にも対応できる“思考力・判断力・表現力等”の育成」、③「学びを人生や社会に活かそうとする“学びに向かう力・人間性”の育成」です。*¹¹  このような資質・能力を育むため、主体的・対話的で深い学びを行い、「将来の予測が難しい社会の中でも、未来を作り出して行くために必要な資質・能力を確実に育む教育」、「未知の社会を生き抜く力を育む教育」 が目指されています。*¹³ 

 これからの社会が、どんなに変化して予測困難になっても、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、判断して行動し、それぞれに思い描く幸せを実現してほしいという願いから、未来社会の作り手である子どもたちが取り組んでいかなければならない人類の課題、社会の課題・生活の課題などを、子どもの時から考えて、解決していく訓練を学校の中でやっていく。そのためのプログラムが、教育課程であり、学校で学ぶ教科学習や課外活動・特別活動での学びであると位置づけられています。*¹¹

 

 新しい学習指導要領では、先述の3つの柱のうちの①「知識・技能」量は、減らさないとしています。*¹¹ 小学校や中学校では授業時間を増やさずに、②「思考力・判断力・表現力等の育成」、③「学びに向かう力・人間性の育成」も目指すのです。①の「知識・技能」のインプットをこれまでの指導スタイルでやっていては、到底時間が足りなくなります。デジタルツールを使った①の「知識・技能」の時間の短縮・効率化なくしては、実現が難しいのではないでしょうか。

 『一人一台』により、①の「知識・技能」のインプットに要する時間を短縮化することができます。それだけではなく、『一人一台』により、一人ひとりの児童・生徒たちが、わからないことや知りたいことを調べることができるようになります。調べれば、学校の先生の持っている情報や知識以上のものを得ることもできます。インターネット上にある情報は玉石混合ですが、児童・生徒時代から情報を取捨選択する訓練が受けられます。そして、取捨選択した情報を、自分が発信する情報としてまとめて、文章やパワーポイントや動画で表現し、他人にプレゼンテーションをすることができたり、意見交換したり議論が出来るようになります。文部科学省が目指す、主体的・対話的で深い学びを実現するための道具が『一人一台端末』なのではないかと思います。

 

 今の子どもたちは、自ら仕事を作り出していかなくてはいけない世代です。

 これからを生きる子どもたちに必要な力は、世界の多様な価値観の人たちと協働して新しい価値を作り出していく力です。先述の3つの柱のうち、特に②「未知の状況にも対応できる“思考力・判断力・表現力等”の育成」、③「学びを人生や社会に活かそうとする“学びに向かう力・人間性”の育成」が重要になってきます。保護者の世代の学びの中心は①「知識・技能」量でした。子どもたちに求められる力は時代とともに変わってきていますし、それに伴いそれを育む学習環境も変化が求められます。その変化を『一人一台』を通じて実現することができるのではないかと思います。

 

 

◆保護者にできること

 

 近いうちに、子どもの学習において情報端末は必須のものになります。「姿勢が悪くなるのでは?」「視力が低下するのでは?」「ネットワークに繋がることで危険性が増えるのでは?」といった懸念点もあるでしょう。そのような懸念点を払拭するためにも、家庭内での約束事を決めたり、フィルタリングの導入や機能制限をしたりといった、技術的な解決策も講じておく必要があるでしょう。

 「子どもには持たせない」は、最も安全な選択肢かもしれませんが、家庭にも職場にも情報端末が入っていて、それがないと生活も仕事も成立しないインフラになっており、将来どんな職業についても何らかのICTと関わっていくことになります。

 今の子どもたちが、情報端末を持たず、ネットワークにも繋がらずに生きていくのは難しいでしょう。新しいテクノロジーを使いこなして、新しい社会をつくっていける環境を、ご家庭でも可能な限り整備していくことが、保護者のできることでしょう。この点は、前回も書きました。

 

 今回は、もう1点あります。

 今後、学校でしか出来ないことに学校での時間は多く使われることになっていくでしょう。知識や技能のインプットは学校外で主に行われるようになっていくと思います。スポーツでいえば、学校ではチームのみんなが集まってフォーメーションの練習をしたり、試合をしたりするような時間(アウトプット)に多くを費やし、個々の基礎体力を養ったり、弱い筋肉を鍛えるトレーニング(インプット)は各自がそれぞれのメニューを自宅などで行うようなイメージです。

 そうなってくると、家庭での学習が重要になってきますが、『〇時間机に向かって勉強しているから安心だ』『たった△分しかやらず、ほとんど机に向かっていないから心配だ』『お隣の□君は、◎時間やっているのに』といった、時間による評価や学習の仕方による評価は、今まで以上にできなくなってくるという点には留意していただきたいと思います。一人ひとりに最適化された知識・技能習得演習は、従来よりも短時間で効率的に学習できるはずです。同じ量の知識・技能を身に着けるために必要な時間は、これまでよりも短時間で済むはずです。また、「机に向かって鉛筆を持ってノートや教材を開いて」といった学習スタイルが一般的でなくなるでしょう。「パソコンやタブレットを開いてリビングで」といった学習が主体になるかもしれません。「学習時間量」や「学習スタイル」ではなく、「何をどれだけ身につけたか」で、子どもの学習状況を見守っていただきたいと思います。

 一人ひとりの学び方が変わってくる時代がすぐにやってきそうです。その時に、子どもがどんな状態で、どうしたいと思っているのか、ご家庭でできる支援は何なのかといった相談ができる相手を確保しておくことも、保護者にできることではないでしょうか。

*¹ 【教育改革】第28回:GIGAスクール構想と新型コロナウイルス禍  東京個別指導学院  2020年7月1日

https://www.tkg-jp.com/pickup/detail.html?id=3431

 

*² 適切な学校ICT環境整備に向けて 文部科学省  2020年6月26日

https://www.oetc.jp/ict/img/pdf/doc_20200626_01.pdf

 

*³ 学校の情報環境整備に関する説明会【LIVE配信】  文部科学省ICT活用教育アドバイザー事務局  2020年5月11日

https://www.youtube.com/watch?v=xm8SRsWr-u4

 

*⁴ 新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について 文部科学省   2020年4月16日時点

https://www.mext.go.jp/content/20200421-mxt_kouhou01-000004520_4.pdf

 

*⁵ 平成30年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)(平成31年3月現在)  文部科学省   2019年12月

https://www.mext.go.jp/content/20191224-mxt_jogai01-100013287_048.pdf

 

*⁶ 「ICT活用に遅れ 日本の小中教員、OECD調査で判明」  日本経済新聞 電子版 2019年6月19日  

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46302090Z10C19A6CR8000/

 

*⁷ OECD 生徒の学習到達度調査(PISA)Programme for International Student Assessment~ 2018 年調査補足資料~   文部科学省・国立教育政策研究所   2019年12月3日

https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/06_supple.pdf

OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント   文部科学省・国立教育政策研究所   2019年12月3日

https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf

 

*⁸ 中学校等の臨時休業の実施等を踏まえた令和3年度東京都立高等学校入学者選抜等における配慮事項について   東京都教育委員会  2020年6月11日

https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/admission/high_school/exam/release20200611_01.html

令和3年度大阪府立口頭学校入学者選抜における出題内容について  大阪府教育委員会  

http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6221/00000000/syutudaihanni.pdf

 

*⁹ 「AI教材『Qubena』の学校教育への導入実証」 (2018年度成果報告)  経済産業省「未来の教室」 

https://www.learning-innovation.go.jp/existing/doc/a0015/verify_a0015_achievementreportN.pdf

 

*¹⁰ 「GIGAスクール構想」の上で描く「未来の教室」の姿   経済産業省   2020年1月

https://www.mext.go.jp/content/20200226_mxt_syoto01-000004170_03.pdf

 

*¹¹ 学習指導要領  平成29・30年改訂 学習指導要領、解説等  文部科学省

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm

 

*¹² 学習指導要領「生きる力」  文部科学省

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm

 

*¹³ 2020年度、子供の学びが進化します!新しい学習指導要領、スタート!  政府広報オンライン  2019年3月13日

https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201903/2.html#section3

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 https://www.tkg-jp.com/pickup/detail.html?id=2110