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2020年10月01日

【教育改革】第31回:高等学校「普通科」再編

教育改革とその影響に関して、弊社個別指導総合研究所から継続的に情報を発信していきます。
第31回目は「高等学校「普通科」再編 」をお届けします。

 2020年7月17日に、文部科学省の中央教育審議会「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」で、新時代に対応した高等学校教育の在り方として、高等学校の「普通科」を3つに再編する案が示されました。現行の「普通科」に加え、現代ならではの課題や地域社会の問題解決のために必要な学習を提供する学科をつくることを、設置者(都道府県や私立学校など)の判断で認めるというものです。*¹ 

 今回は、この「普通科」再編について考えてみたいと思います。

 

 

◆「普通科」再編の背景

 

 現在、中学校卒業者の98.8%が高等学校等に進学しており*²、一般的な高等学校生徒3,159,016人のうち、「普通科」には、その73%にあたる2,308,014人が在籍しています。このため、高等学校「普通科」には、多様な入学動機や進路希望、学習歴、背景を持つ生徒が在籍しているのが現状です。

 その高等学校の生徒ですが、「楽しいと思える授業がたくさんある」という質問に対して、「とてもそう思う」「まあそう思う」と回答した割合が中学校1年生時点では 74.9%であったのに対し、高等学校2年生時点では56.4%まで低下しており、高校生の学習意欲は中学校段階に比べて低下していることがわかっています。*³

 そして、「普通科」の高校生の特徴として、勉強の仕方が「試験の前にまとめて勉強する」生徒が多い一方で、「自分で整理しながら勉強する」「参考書をたくさん読む」「勉強したものを実際に応用してみる」「教わったものをほかの方法でもやってみる」生徒が少なく、また、授業中の居眠りも米国・中国など他国と比べて多い傾向があると指摘されています。*⁴

 実際、中学生の進路指導の際に、進路希望を尋ねると、公立高等学校の「普通科」を希望する生徒が大変多いのですが、その理由が「まだ将来の進路が決まっていないから」「大学や専門学校への進学に有利だから」「就職のためには高等学校卒業以上の学歴が必要だから」といった「出口」のみを目標としている生徒も少なくありません。「出口」のみを目標としてしまうと、卒業資格を得る(単位をとる)ための学習や大学入試に必要な科目のみ力を入れる学習になってしまいがちです。

 このため、高校生の学習意欲を喚起し、その能力を最大限に伸長できるように、多様な実情・ニーズに応じた学びを実現する高等学校教育に転換する必要が出てきています。

 また、産業社会や社会システムが激変し、少子化が進行していく等の社会の変容を踏まえると、多分野に関する理解や、新たなことを学び、挑戦する意欲を育むための学びが不可欠といえます。

 

 

◆どのような学科が誕生するのか

 

 そこで、文部科学省では省令を改正し、高校生の73%が在籍する「普通科」でも、一斉的・画一的な学びではなく、生徒の能力や興味・関心等を踏まえた学びを提供するという観点から、各学校の特色化・魅力化の取組に応じて、「普通教科を主とする学科」として従来の「普通科」のほかに、次のような学科を設置できるようにしようとしているのです。*¹

 

① “SDGsの実現やSociety 5.0における現代的な諸課題への対応を図るために、学際科学的な学びに重点的に取り組む学科”

② ”地域や社会の将来を担う人材の育成を図るために、地域社会が抱える課題の解決に向けた学びに重点的に取り組む学科”

③ ”その他普通教育として求められる教育内容であって特色・魅力ある教育を実現すると認められる学科”

 

 ①は、現代的な諸課題等に対応した領域横断的な教育を系統的に実施することや、高等教育機関や国際機関等との協働体制を取ることが要件化されています。

SDGsとは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標です。*⁵

 Society 5.0とは、”狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会”を指すものです。*⁶

 ②は、地域課題等をテーマとした探究的な学びを3年間系統的に実施することや、地元自治体・企業等とコンソーシアム(共同体)を構築し、高等学校と地域を繋ぐコーディネーターを配置することなどが要件化されています。

 ③は、例えば、スポーツや文化芸術の分野で活躍するために必要となる素養を育成する教育も学科として認めることが想定されています。

この「新たな学科」では、多くの「普通科」高等学校が一般的に設けている文系・理系の類型にとらわれずに学びます。高等学校の66%で、文系・理系のコース分けを実施しており、コース選択する時期が高等学校1年生の 10~12 月が最も多い現状*⁷とは、大きく変わりそうです。

 また、①では、領域横断的な学びを、②ではテーマごとに横断的な学びを行うことになります。どちらも、実社会が抱える課題とつながった高等学校での学びを実現しようとしていることがわかります。 

 

 

◆早ければ、2022年度から新設される

 

 中央教育審議会の初等中等教育分科会・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会は今後も議論を進め、2021年1月 14 日開催予定の初等中等教育分科会・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会合同会議で答申(案)を審議し、文部科学大臣に答申する予定になっています。*⁸

 文部科学省では早ければ、高等学校での新学習指導要領が始まる2022年春からの新設を想定しています。*¹ *⁹  この再編が実現すると、1943年の新制高等学校の発足に伴う普通科創設以降、初めてとなる大改革なのです。*¹⁰

 高等学校「普通科」の在り方は、1991年に中央教育審議会が第29回答申で「総合的な新学科」の創設や「新しいタイプの高等学校」の奨励を提言し*¹¹、1994年度から、普通教育を主とする学科である「普通科」と、専門教育を主とする学科である「専門学科」に並ぶものとして、「総合学科」が制度化されました。「総合学科」は、「普通科」と「専門学科」を総合した学科で、両方の学科からなる幅広い選択科目があり、「国際」「情報」などの系列ごとに設けられた幅広い選択科目の中から自分の興味や関心・将来の進路に沿った科目を選択し、自分で時間割を作成することができる特色を持った学科です。また、「国際科」や「理数科」「情報科」など特色ある学科やコースが誕生し、全国に拡大しました。

 そして、「普通科」でも、2002年度から理数系教育を重点的に行う『スーパーサイエンスハイスクール(SSH)』と英語を重点指導する『スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)』が創設されました(SELHi は2007年度まで)。2014年度からは、将来、国際的に活躍できるグローバル・リーダーの育成を図ることを目的として『スーパーグローバルハイスクール(SGH)』が開始され、2019年度より『スーパーグローバルハイスクール(SGH)』の成果等を活用して『WWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム構築支援事業』に引き継がれています。*¹²

 このような取り組みが行われてきたものの、例えばSSHの2020年度指定校は217校に過ぎず、全国の高等学校・中等教育学校合計4930校に比べると、ごく少数にとどまっていました。*¹³

 萩生田光一文科相は2020年7月17日の記者会見で「高校生が、意欲を持ってもらうためには、中身を変えていかないと、なかなか勉強に自ら臨んでいただけないのではないかという危機感からそういった学科等を検討しているということです」と述べています。*¹⁴

 

 

◆『スクール・ポリシー』の策定・公表も求める

 

 文部科学省は「普通科」再編以外にも、すべての高等学校に『スクール・ミッション』の再定義と『スクール・ポリシー』の策定・公表を求める方針も示しています。*¹

 『スクール・ミッション』は、各学校の存在意義や各学校に期待されている社会的役割、目指すべき学校像のことです。私立学校であれば、各学校の建学の精神そのものですから、各校とも拘りをもっています。これを公立高等学校にも求めているのです。

 『スクール・ポリシー』とは、以下のA~Cのポリシーです。

 

A ”卒業の認定に関する方針(グラデュエーション・ポリシー)”

B ”教育課程の編成及び実施に関する方針(カリキュラム・ポリシー)”

C ”入学者の受入れに関する方針(アドミッション・ポリシー)”

 

 Aは、各学校の『スクール・ミッション』等に基づき、どのような力を身に付けた者に課程の修了を認定するのかを定める基本的な【出口】の方針であり、各学校が育成を目指す資質・能力を反映させるものです。

 Bは、Aを達成するために、どのような教育課程を編成し、どのような教育内容・方法を実施し、学習成果をどのように評価するのかを定める基本的な【中身】の方針となるものです。

 Cは、各学校の『スクール・ミッション』や、ABに基づく教育内容等を踏まえ、どのような生徒を受け入れるのかを示す基本的な【入口】の方針となるものです。

 

 今回の提言の狙いは、『スクール・ミッション』に基づく取り組みをABCで構成される『スクール・ポリシー』で可視化し、普通教育を主とする学科を置く各高等学校がそれぞれの特色化・魅力化に取り組むことを促しているのだと言えます。

 このような【入口】【中身】【出口】のポリシーの明確化は、大学では既に行われていますが*¹⁵、高等学校についても、長野県では全ての公立高等学校において『3つの方針(生徒育成方針、教育課程編成・実施方針、生徒募集方針)』を定め、それらを『グランドデザイン』として1枚の概念図にまとめて公表しています。*¹⁶  そして、大阪府では各学校の『アドミッション・ポリシー』を公表し、入学者選抜での活用について示しています。*¹⁷  このように、既に取組みを開始している府県があるのです。

 今後の教育では、多様な生徒を誰一人取り残すことのないよう「個別最適化」された学びの実現が求められます*¹⁸。 あくまでも私見ですが、文部科学省は、生徒一人ひとりに合わせた学習内容の「個別最適化」だけではなく、学校の「個別最適化」を狙っているように思います。学校の「個別最適化」とは、生徒の興味・関心等に応じた学校選択や科目選択を可能・容易にするということです。そして、多様な生徒に対して、誰一人取り残さない「個別最適化」された学びを行うことが、各高等学校の教育活動全体の活性化、質保証・向上につながっていくこととなるのではないかと思います。

 

 

◆進路選択の早期化

 

 高等学校「普通科」の再編や『スクール・ポリシー』策定・公表が実現すれば、高等学校入学者選抜だけではなく、高等学校入学後の授業に関しても、各高等学校では、「普通科」同士であっても一斉的・画一的なものではなくなることでしょう。

 子ども達にとって現在、「どの大学で何を学ぶのか」は重要な選択ですが、今後は「どの高等学校で何を学ぶのか」も重要になってきます。つまり、進路選択時期が中学生時代にやってくるということを意味します。

 中学校3年生の高等学校受験の時点で、学ぶ目的をかなり絞ることになりすぎるのではという懸念もあるでしょう。しかし、“入学後においても生徒が積極的な進路変更を希望する場合に、学校間又は学科間の異動を柔軟に行うことができるような措置”も中央教育審議会では考慮するようです。「何を目的に高等学校で学ぶのか」を明確にしたうえで、高等学校に進学した方が、「何となく」「皆がそうだから」「進路が決まっていないからとりあえず」といった感覚で高等学校に進むよりも、高等学校で主体的に学び、より高い学習成果を得ることが期待できると思います。

 中学生以下の子どもの保護者は、子どもと一緒に進路について話し合ったり、考えたりする機会を保護者自身が進路について考えた時期よりも、意識して早めに設けていくと良いでしょう。

 

 

◆アドバイザーとなる存在の確保を

 

 近い将来の中学生は、中学校在籍時代から自己分析を行い、個々の高等学校でどのような教育が行われているのかを調べ、卒業までに求められる学習成果についてあらかじめ見通しを持ち、自分が学びたい内容に照らして高等学校を選ぶことが求められます。したがって、今までのような、内申点や偏差値、評判にとらわれ過ぎない高等学校選びが、ますます必要になるでしょう。

 そして、受験する子どもは、個々の高等学校が中学校卒業段階でどのような学習成果を求めているのかを把握し、高等学校入学までに自分が何を身に付けなければならないのかを把握し、高等学校受験準備を行うことが求められます。

 保護者のサポートだけで全ての子どもに自己分析・学校選択・受験準備が果たして可能でしょうか。

 子どもの特性や個性を知り、興味・関心を尊重し、個々の高等学校の強みや特色等を踏まえ、子どもの将来目標を実現するという観点からの進路選択をアドバイスしてくれる相談先を確保しておくことが、保護者のできることです。

 

 

*¹ 新時代に対応した高等学校教育の在り方  中央教育審議会初等中等教育分科会   2020年7月17日

https://www.mext.go.jp/content/20200717-mxt_syoto02-000008827_5.pdf

 

*² 2019年度学校基本調査   調査結果の概要(初等中等教育機関、専修学校・各種学校) 2019年12月25日

https://www.mext.go.jp/content/20191220-mxt_chousa01-000003400_2.pdf

 

*³ 第13回21 世紀出生児縦断調査(平成13年出生児) 統計表   厚生労働省  2015年12月15日

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/syusseiji/13/dl/toukei.pdf

21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)第16回調査  単純集計表一覧  文部科学省   2018年9月28日

https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa08/21seiki/kekka/__icsFiles/afieldfile/2019/08/30/1420755_002_1.pdf

 

*⁴  「高校生の勉強と生活に関する意識調査報告書―日本・米国・中国・韓国の比較―」  国立青少年教育振興機構  2017年3月発行

http://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/114/File/benkyou.pdf

 

*⁵ SDGsとは  外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html

【てら先生コラム】第23回:SDGsと学校教育   東京個別指導学院  2020年2月21日

https://www.tkg-jp.com/tkg_movie/detail.html?id=3254

 

*⁶ Society 5.0とは  内閣府

https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html

 

*⁷ 中学校・高等学校における理系進路選択に関する研究  国立教育政策研究所  2013年3月

 https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h24/2_3_all.pdf

 

*⁸ 今後の検討スケジュール  中央教育審議会初等中等教育分科会・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会   2020年8月20日

https://www.mext.go.jp/content/20200820-mxt_syoto02-000009404_5-1.pdf

 

*⁹ 新たな普通教育を主とする学科に関する具体的な制度設計に向けた提案   新しい時代の高等学校教育の在り方ワーキンググループ  2020年8月19日

https://www.mext.go.jp/content/20200818-mxt_koukou02-000009394_26.pdf

 

*¹⁰ 学制百年史  新制高等学校の発足  文部科学省 

https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317746.htm

 

*¹¹ 新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について(答申)  中央教育審議会  1991年4月19日

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/910401.htm

 

*¹² スーパーサイエンスハイスクール 科学技術振興機構

https://www.jst.go.jp/cpse/ssh/index.html

スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール 文部科学省

https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/04/13/1356758_007.pdf

スーパーグローバルハイスクール 文部科学省

https://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/sgh/

ワールド・ワイド・ラーニングコンソーシアム構築支援事業

https://b-wwl.jp/

【教育改革】第27回:ワールド・ワイド・ラーニング・コンソーシアム  東京個別指導学院  2020年6月1日

https://www.tkg-jp.com/pickup/detail.html?id=3421

 

*¹³ 令和2年度学校基本調査(速報値)の公表について  文部科学省  2020年8月25日

https://www.mext.go.jp/content/20200825-mxt_chousa01-1419591_8.pdf

スーパーサイエンスハイスクール指定校一覧 科学技術振興機構

https://www.jst.go.jp/cpse/ssh/school/list.html

 

*¹⁴ 萩生田光一文部科学大臣記者会見録(令和2年7月17日)  文部科学省

https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00079.html

 

*¹⁵ なお、ABCのような3つのポリシーは、既に「大学教育改革」の柱として2017年より各大学が策定・公開することが義務付けられています。

(a)ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針、Diploma Policy)

(b)カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針、Curriculum Policy)

(c)アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針、Admission Policy)

学校教育法施行規則及び大学院設置基準の一部を改正する省令の施行等について(通知) 文部科学省  2019年9月26日

https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1420657.htm

 

*¹⁶ 公立高等学校の「3つの方針」及び「グランドデザイン」を策定しました  長野県教育委員会  2020年5月22日

https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kyogaku/kyoshokuin/shiryo/3houshin_granddesign.html

 

*¹⁷ 令和3年度大阪府公立高等学校等アドミッション・ポリシー(求める生徒像)並びに学力検査問題の種類並びに学力検査の成績及び調査書の評定にかける倍率のタイプ  大阪府教育委員会  2020年7月14日

http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6221/00000000/R3_AP.pdf

 

*¹⁸ 【教育改革】第28回:GIGAスクール構想と新型コロナウイルス  東京個別指導学院  2020年7月1日

https://www.tkg-jp.com/pickup/detail.html?id=3431

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